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カーティス・メイフィールド : ソウルミュージアム
愛という神が宿る魂の歌 「カーティス・メイフィールド」/BLINDSIDE MUSIC 宮野哲平

Painting, "LATE NIGHTDJ" が カーティス・メイフィールド (Curtis Mayfield) のアルバム, "Something to Believe In"の表紙ジャケットになる
先日、某FMで「Superfly」がかかっていた。
改めて感じたのが、兎に角全く古さを感じない。
もちろん サントラ版アルバムジャケでのRon'ONealのスタイリッシュなファッション、
「SuperFly」のロゴなんかは特にクール。1972年作品なので(マーヴィンのレビューにも書いたが)
まさに70’Sカルチャー大好きのわたしにとっては、最高の70’Sアイテムである。
70’Sのカーティスといえば、インプレッションズ時代のスウィート・マナーを踏襲しつつも
サウンド的にはJBやスライの影響を大きく受けた、よりファンク色の強いものとなっていった
時期であり、黒人開放運動などに代表される政治的社会性の強いメーッセージソングの
名曲を数多く生んでいるのは周知の通り。いわゆるニューソウルムーブメントの旗手として
シーンに踊り出た。
(ポールウェラーもカバーした「Move On Up」はロック系のファンを中心にカーティスを
再びクローズアップすることになった超名曲)
学生時代バンドを組んでいた(ギターを担当)のだが、前述のポールウェラーは
もちろん当時はフリーソウルが盛り上がり、そのあおりで達郎・シュガーベイブ系
サウンドが再評価されていた時期だった。
我がバンドも多分に漏れず、いままでガンズやってた俺たちがいきなり
「これからはお洒落系だ!」みたいな。。笑
そんな時、モノの本で「達郎に影響を与えたのがカーティス・メイフィールド」というような
記事を読んで以来、昨日までレスポール+マーシャルでリフをガンガン弾いていた男が、
翌日には「ストラトギターにJCアンプでワウワウをスマートに」だからメンバーが唖然としていたのを
思い出す。笑
結局、カーティスのようなテクもセンスもなく、もちろん達郎のようなソングライティング能力
もある訳でも無く、、翌日にはまたセックスピストルズに逆戻りといったバンド時代も懐かしい(笑)。
そんな「青い」時代は90年代前半。当然、カーティスはリアルタイムでは無く、後追いで
彼の過去の名作群を聴き込み掘り下げていった口だ。
70年代前半の社会派コンセプトより一転して、純度100%のラブソングを軸に構成された名作「GIVE,GET,TAKE AND HAVE」(1977年)も捨てがたいが、やはり何と言っても
アーニー・バーンズのジャケット(通称:「LATE NIGHT DJ」)でお馴染みの
「SOMETHING TO BELIEVE IN」(1980年)こそ「シカゴ・R&B・カーティス」の究極を
魅せてくれる頂点の作品ではなかろうか?
いやあ〜 素晴らしいレコードだ。
〜捨て曲無し〜とは良く名盤について語られる台詞だが、まさにその通りで、シカゴの
薫りにまみれた「People Never Give Up」、奇跡のスウィート「Never Stop Loving Me」
「Never Let Go」 オールドファンなら涙モノのインプレッションズ時代の再演「It's Alright」
などなど、軽めのブラコン・ディスコ全盛時に発表されたとは思えない、時代を超越した
ソウルレコード指折りの名作と信じる。
1990年、野外コンサートでの照明落下事故による下半身不随という悲劇などもあり、
90年代に入り 「もうカーティスは過去の人なんだ」といった
雰囲気が蔓延し、精神的支柱としてのリスペクトは衰えないまでも、音楽業界現場レベル
での存在としては忘れられかけていた。
そんな90年代半ば、僕は丁度 輸入盤を扱う商社に勤務していた。
大好きなCDは昔のソウル・ファンク・ロックは変わらず。。でも扱っているものは
毎日海外、または国内メジャーメーカーからひっきりなしに来るつまらない
ダンスCDや陳腐な企画モノのオムニバスなどばかり・・イチ業界の端くれとしても
現在の音楽業界に嫌気がさして来ていた。
そんなある日 ワーナーの営業担当より連絡があった。
な・な・なんと!カーティスの待望の新作がリリースされると発表があった。
そう、誰もが待ちわびた新作は遺作にして名作「New World Order」である。
過去の作品群にまったく引けを取らない内容を引っさげて遂にカムバック!
そうと分かったこの日から、日々の単調なルーティーンから一転 俄然ファイトが湧いてきた。
早速、メーカー担当からサンプルを調達、全国のレコード店へ電話を掛けまくった。
足が棒になるまで都内近郊のCDショップをくまなく廻って、彼の新作を売り歩いた。
一部の若いバイヤーの中には、カーティスメイフィールドの復帰作がリリースされることの
バリューが全く理解していない者も居たし、ひどい場合カーティスを知らない世代の20代前半
のバイヤーも居た。「時代は遷り変わっているなあ」と一抹の寂しさも覚えつつ、
しかし大半のお店はこの「大ニュース」を暖かく迎えてくれたものだった。
まるで「慈悲深い神」の復活のようにキラキラとした輝きを放つ出来事だった。
大きな看板で自分の作ったカーティスの売り場で若い人たちが、試聴機に耳を傾け、
CDをレジに持っていく姿を見たときには達成感と何ともいえない幸福感に包まれたのを
昨日のことのように思い出す。
全世界が喜びに包まれたその3年後、世界中が涙したニュースが飛び込んできた。
1999年 クリスマスの翌日 黒人開放運動の聖地 アトランタで静かに永遠の眠りについた。
彼ほど「愛」「魂」という言葉が似合うミュージシャンはいない。まさに愛という神を信じ、
人生を魂の歌に捧げた一生でした。








